2007年7月1日日曜日

血性関節液の鑑別

○ 外来で現在進行形の症例です。アドバイスいただけると幸いです。
【症例】 41歳、男性、スーパー鮮魚部勤務
【主訴】 左膝痛
【現病歴】
2006年末、徐々に左膝の腫脹と疼痛が出現。
近医整形外科を受診。左膝レントゲン上軟骨のすり減りあり、関節穿刺にて黄色の関節液また採血でリウマチらしさはないと言われ、鎮痛剤を処方された。
その後も左膝の腫脹は少しあったが放置していた。
2007年6月始め頃より、徐々に左膝の腫脹と疼痛が増強。
6/13、当院整形外科受診。左膝穿刺したところhttp://rheumatology.at.webry.info/200706/article_5.html
6/15、内科受診。再度左膝を穿刺した。
外傷や出血傾向のエピソードなし。
【ROS】
食欲不振あり。体重減少は半年間で5kg。もともと汗かきだが寝汗もかく。咳なし。痰なし。
【既往歴】
高血圧症があるも未治療。糖尿病なし。内服なし。
【生活歴】
機会飲酒。タバコは20本/日。健康食品摂取なし。両親との3人暮らし。独身。恋人はいない。最近風俗には行かないが、若い頃は遊んでいた。ペットなし。最近の旅行なし。
【家族歴】
父:両足が不自由(詳細不明)、母:高血圧症
悪性腫瘍なし。結核なし。
【身体所見】
体温37.2度。血圧168/118。脈拍108、整。
頭頸部・胸・腹部正常。両手指OA。左膝関節には熱感・圧痛・腫脹あり、外反変形している。両下肢筋、特に左下腿は萎縮している。両足に白癬あり。
【検査所見】
採血:WBC 11200(Neutro78%)、Hgb 12.9、Plt 42.1万。
ALP 396、CRP 1.97。ESR 57mm/h。凝固系正常
検尿:蛋白陽性
CXR:脊柱側彎あり
左膝レントゲン:関節裂隙の狭小化、外反膝
両手レントゲン:右2指MCP関節破壊あり
左膝関節液:血性。一般細菌培養陰性、抗酸菌塗抹陰性、結核菌PCR陰性、細胞診class2、抗酸菌・真菌培養検査中。
血液培養(抗酸菌も含む):検査中
【経過】
chronic
【問題点】
左膝関節炎・変形、両下肢筋萎縮、血性関節液、右2指MCP関節破壊、炎症反応、食欲不振、体重減少
【鑑別診断】
結核性関節炎、真菌性関節炎、絨毛結節性滑膜炎、シャルコー関節症
【経過】
6/22より、結核性関節炎と真菌性関節炎を疑い、INH500mg、RIF450mg、PZA2g、Flu200mgで治療開始。近日中に左膝MRI­と左膝滑膜生検を予定。
(by Y先生)

☆ 今回の血性関節液の症例についてですが、リウマチ・膠原病については全くの素人ですが、感染症の観点からはいくつか思いついたことがありますので、参考になるか分かりませんが、意見を述べさせていただきます。
慢性に経過する感染性の関節炎の鑑別診断としては、既にY先生が挙げられていますように結核性関節炎と真菌性関節炎があります。
結核性関節炎は股関節や膝関節などの荷重のかかる関節の単関節炎が多く、65歳以上が高齢者に発症しやすいようです。 臨床症状や画像所見で確定することは難しく、確定診断は細菌検査または病理にて行われます。 関節液は好中球優位な中等度の白血球の上昇と糖の低下、蛋白の上昇をきたしますが、非特異的です。 過去のreviewによれば関節液の培養の感度は79%ですが、滑膜生検の組織培養の感度は94%です(Am J Med 1976;61:277-82 )。
したがって、関節液の培養が陰性でも否定はできませんの で、組織をとることが望ましいと言えます。
関節液のPCRはデータがないのでよく分かりませんが、喀痰で塗抹陰性例における感度が50%前後であることを考えると塗抹陰性の場合はPCR陰性でも否定はできないと思います。
治療は、日本ではINH, RFP, EB, PZAの4剤が必要です。ご存知 のように結核の治療は耐性菌の出現を抑制するために感受性のある薬剤が最低2剤必要です。但し、PZAの耐性菌抑制効果は証明されていませんのでPZA+1剤という組み合わせは避けるべきです。
INH, RFP, PZAの組み合わせで、もしINHに耐性であった場合、RFP+PZAの2剤になるためRFPが耐性化する危険があります。 EBが必要かどうかはINHの自然耐性率によります。ガイドラインでは耐性率が4%以上の地域では、EBの追加が推奨されてい ます。
1997年に結核療法研究協議会はINH耐性は4%を越えた(4.4 %)と報告しています。したがって日本ではEBの追加が必要です。
真菌性関節炎についてですが、真菌の中で最も頻度が高いのはカンジダです。カンジダによる関節炎は外傷によるものでなければ血行性感染ですので、カンジダ血症のリスクとなる好中球減少症、中心静脈カテーテル、IV drug userなどが危険因子となります。危険因子が全くない人でも発症することはあるようですが、かなり稀なようです。これまで2つのケースレポート (J Bone Joint Surg Br 2003;85:734-5, Clin Rheumatol 1998;17:393-4 )がありますが、そのうちの1つでは"We believe that this is the first report of such a case. "と記載されています(Clin Rheumatol 1998;17:393-4)。
症状や画像も非特異的であり、関節液の所見も好中球優位な中等度の白血球の上昇と糖の低下、蛋白の上昇であり、非特異的です。グラム染色の感度は20%くらいですが、培養の感度はもっと良いようですが、具体的な数字は分かりませんでした。
治療については十分検証されていませんが、最も有効性が証明されているのがAmphotericin Bです。FLCZは最近のnon-albicans の増加を考えると経験的治療では少しリスクがあるように思います。MCFGは多分効くと思うのですが、臨床データがありません。
これらのことを踏まえた上での今回のケースについての私見ですが、既に予定されているようですが、滑膜生検は必須の検査 だと思います。特に結核の診断においては組織はあった方が望 ましいです(もし待てる状況であれば抗結核薬は生検後の方が良かったと思います)。また外傷、出血傾向のない患者の血性関節液は腫瘍も鑑別に挙がると思いますのでそのためにも組織は必要だと思います。
抗結核薬は継続するのであればEBを加えた方がいいです。あと体格が普通であればINHは300mg、PZAは1.5gで十分だと思いま す。
真菌については危険因子がなければ可能性は低いので抗真菌薬は中止しても良いと思います。
感染症の観点からとりあえず思いついたことは以上です。よろしければまた経過を教えて下さい。
(by N先生)

☆ すみません。ちゃんと読めていないのですが、ちゃちゃだけ入れて居眠りしようと思います。
鮮魚と書いてあるので、Mycobacterium marinumによるSeptic arthritisは どうでしょうか?
PMID: 8064742
PMID: 10402076
(by SLIHAR先生@3pm)

☆ 血性関節液をみたら 外傷(靭帯損傷、骨折等の何らかの外傷、医原性も含む)、腫瘍、出血傾向の有無でしょうか。また炎症性の関節炎で血管がEngorgeしていれば­どんな病気でもおこしていいということです。
慢性の単関節炎の鑑別 → Kellyにもまずは感染(特に結核)腫瘍(特に色素性絨毛結節性滑膜炎)、あとはOA,結晶性、まれだがRA,SpAと書かれていました。
(by K先生)

○ N先生、具体的なアドバイスをありがとうございました。 SLIHAR先生、"鮮魚"からのアプローチ勉強になりました。K先生、血性関節液と慢性単関節炎からの鑑別は私と同様の考え方です。
PubMedで"Tuberculous arthritis","Hemorrhagic synovial fluid"や"Fungal arthritis"で掛け合わせて検索しても適当な論文がHitしません。しかし、上野先生の「リウマチ膠原病診療ビジュアルテキスト」には、「血性関節液の鑑別診断」として 最後に"TB arthritis"が挙げられています。
ところで左膝のMRI検査を行いました。結果を見た整形外科医の話では、 "滑膜炎、骨・軟骨破壊を認める。腫瘍なし"とのことでした。 滑膜生検はなるべく早く行えるように努力してみます。 その前に関節液培養から抗酸菌が検出されないかなあと少し期待していますが・・・。
あと、右2指MCP関節破壊も気になりますが、TBなら手指の関節を侵すことがあるのでこれも説明がつきます。
(by Y先生)